高橋秀晴副学長が「松田解子国際シンポジウム」で講演しました

 令和7年5月18日(日)、韓国の光州で、 「松田解子国際シンポジウム」が開催され、本学の高橋 秀晴 副学長[専門:日本近代文学]が、『松田解子の文学と生涯』と題して講演しました。

 今年は、大仙市出身のプロレタリア文学作家、松田解子(1905~2004年)の生誕120周年に当たります。同時に、昭和100年、治安維持法の制定から100年、終戦80周年、日韓修好60周年、光州民主化運動45周年のメモリアル・イヤーにあたります。人権を尊重し、暴力を否定し、民主主義を貫いた松田解子の信念と、軍事政権に抵抗し韓国の民主化の先駆けとなった光州市民の精神とは相通じるものと言えます。そこで、光州事件(1980年5月18日)が起きた5月18日にあわせ、朝鮮人労働者が生き埋めになった七ツ館事件を描いた小説『地底の人々』など、韓・日平和の問題に先見の眼差しを見せた作品を執筆した松田解子の国際シンポジウムを開催する運びになりました。

 日本近代文学者である高橋副学長は、松田解子の文学の特質と足跡について概括しつつ、光州事件との関連性について論じました。その後の3人の日韓研究者の発表及びディスカッションを通じ、松田文学と光州事件がそれぞれ相対化されて、新たな問題系(可能性)が生成しつつあることを実感できるシンポジウムとなりました。また、シンポジウムの翌日には、光州事件犠牲者が眠る国立5.18民主墓地に埋葬されている抵抗の詩人文炳蘭(ムン・ビョンラン)の墓を訪問した際の様子が現地のテレビで放映されました。文炳蘭は、2015年に韓国で出版された『花岡事件回顧文』の序文の執筆者で、新聞の取材の中で、ユン大統領の非常戒厳をどう思うかと質問され、「犠牲者を出さずにすんだのは光州事件の記憶があるからだ、歴史に学んだ韓国の国民に敬意を表する」と答えました。詩人の文炳蘭氏と松田解子の抵抗精神をクローズ アップする非常に意義深い機会になりました。