【プレスリリース】本学教員らの行った研究成果がケンブリッジ大学出版「Quantitative Plant Biology誌」に掲載されました
育種学や品種改良技術への応用が可能に
植物受精卵の半球形状を生む細胞壁変形原理を解明
〜顕微鏡による細胞画像から粘弾塑性モデルの再構築に成功〜
植物受精卵の半球形状を生む細胞壁変形原理を解明
〜顕微鏡による細胞画像から粘弾塑性モデルの再構築に成功〜
システム科学技術学部 機械工学科の津川 暁 助教[専門:植物流体工学]らの共同研究チームが行った研究の成果が、令和6年12月12日午前10:00(グリニッジ標準時、日本時間JST 18:00)、ケンブリッジ大学出版Quantitative Plant Biology誌に掲載されました。
発表のポイント
☆シロイヌナズナの受精卵先端が半球状態を維持しながら成長する現象を力学モデルで再現しました。☆ 受精卵半球を維持するためには細胞壁進展性がコサイン型分布であることや法線方向に変位する必要があることがわかりました。
☆ 顕微鏡で得られる細胞形状から力学モデルおよび成長様式を特徴づけることが可能になり、育種学や品種改良技術への応用が期待されます。
概要
春の七草の一種であるナズナ(ペンペン草の仲間)は茎や根などの体軸(上下軸)をもっており、私たち人間の背骨のように地上の体を支えたり姿勢を整えたりする力学的に重要な役割をもっています。しかしながら、このような植物の体軸が受精後の一細胞である受精卵からどのように形成されるのかは、これまで詳しくわかっていませんでした。先行研究では、受精卵が一方向に異方的に伸長しドーム型の頂端細胞と細長い基部細胞に分裂することが体軸形成にとって極めて重要であることが明らかにされていましたが、この受精卵の異方成長がどのような仕組みで達成されているかは未解明でした。本研究では、東北大学の植田美那子教授らと秋田県立大学の康子辰博士研究員および津川暁助教らが強力なタッグを組むことで、顕微鏡画像で得られた受精卵細胞形状と伸長速度データを定量的に分析し、受精卵先端が半球状態を維持しながら伸長することを発見しました。さらに、粘弾塑性(1)を考慮した細胞力学モデルを構築することで、この先端半球の維持には細胞壁が特有の変形分布をとることや、表面の法線方向に伸長することが必要であることがわかりました。これらの知見により、植物科学で得られる細胞画像データから細胞の変形メカニズムや表面力学などの力学情報を再分析することが可能になるため、植物生理学や遺伝学を力学的に捉え直すことを可能にするばかりでなく、育種学や品種改良などで受精後細胞の変形を理解し設計するような実学応用も期待されます。 |
図1:受精卵が半球を維持しながら成長することを発見
(A)シロイヌナズナ受精卵のライブイメージングデータ
(B)細胞先端の楕円近似および曲線座標による定量化の概念図
(C)受精卵が横半径と縦半径がほぼ等しい半球状であることを確かめた定量結果
論文情報
☆論文タイトル:A Viscoelastic-plastic Deformation Model of Hemisphere-like Tip Growth in Arabidopsis Zygotes(シロイヌナズナ受精卵の半球状先端成長を再現する粘弾塑性変形モデル)☆著者:Zichen Kang, Tomonobu Nonoyama, Yukitaka Ishimoto, Hikari Matsumoto, Sakumi Nakagawa, Minako Ueda, Satoru Tsugawa
☆DOI:https://doi.org/10.1017/qpb.2024.13
プレスリリース
『育種学や品種改良技術への応用が可能に 植物受精卵の半球形状を生む細胞壁変形原理を解明』~顕微鏡による細胞画像から粘弾塑性モデルの再構築に成功~
研究の詳細
研究の背景
植物細胞の成長パターンは 2 つのタイプに分類でき、細胞表面全体が成長する拡散成長と先端のみ成長する先端成長があります。先端成長様式をもつ器官や細胞の例としては、ヒゲカビなどの菌類やシャジクモ仮根などの藻類器官に加え、被子植物の根毛や花粉管などが挙げられ、これまで多くの細胞で成長部位や成長速度が特定されてきました。著者らの先行研究において、被子植物であるシロイヌナズナの受精卵も先端成長様式であることが明らかにされていましたが、一細胞である受精卵がどのような仕組みで先端成長を達成しているかは詳しくわかっていませんでした。このような生物学的な研究発展がある一方で、数理物理学分野では、細胞壁の変形を考慮した細胞力学モデルが考案されており、実際の細胞成長中の形状、細胞表面の力学、細胞壁変形様式を同時進行的に分析することが可能になっていました。そこで本研究では、実験データで得られる受精卵形状データと細胞力学モデルを相互参照することで、受精卵がどのような力学的原理を使って先端成長を達成しているかを解き明かすことを目指しました。本研究の成果
本研究ではまず、顕微鏡画像内の細胞形状データを分析することで、受精卵が半球状態を維持しながら成長することを定量的に確かめました(図 1)。この結果を元に、細胞力学モデル(図 2A)において実際の細胞形状データを再現するパラメータを探索したところ、細胞壁変形分布がコサイン型である必要があることがわかりました。さらに、この実データを再現する細胞力学モデルの成長様式が、細胞表面の法線方向に変位するという特殊な様式であることもわかりました(図 2B)。このような成長様式を限定することで、受精卵の半径と成長速度の時間平均を用いて、実験データと細胞力学モデルを相互参照 する形態空間解析(2)を行い、実データに近い細胞力学モデルを再構築することに成功しました。このように、細胞成長を表現するデータ駆動型細胞力学モデルの再構築は多種多様な植物細胞の変形画像に応用が可能であり、植物細胞の成長メカニズムを知る強力な分析ツールになると考えられます。
図 2:細胞力学モデルの概要とデータ-モデル同化の結果図
(A)受精卵成長を再現する細胞力学モデル.細胞形状にかかる内部膨圧に応じて表面張 力が生じ(STEP1,STEP2),その張力が部分的に不可逆的な塑性変形を起こすことで (STEP3),細胞成長が実現するモデルである
(B)受精卵が成長中に半球を維持するには表面の垂直方向に変位する必要があることを 示す結果図
(C)受精卵の伸長速度および先端半径のデータにデータ同化させた結果図.実際の細胞 形状をほぼ再現する力学モデルの構築に成功