【プレスリリース】植物細胞の成長先端を追尾する 「KymoTip」ツールを開発
システム科学技術学部機械工学科/先端計測工学研究室の津川 暁 助教[専門:植物流体工学]、東北大学および東京理科大学の共同研究チームの研究成果が、Springer Nature 社が発行する国際学術誌 「The Plant Journal」に 2026 年1 月20日付けで掲載されました。概要
| 植物細胞の中には、細胞の先端部分だけが伸びていく先端成長*1という様式を持つ細胞があります。例えば、土の中で水分や養分を吸収し体を支える根毛や仮根、次世代の命の始まりである受精卵、受精の際に伸びる花粉管などがその代表です。この先端成長を詳しく測定しデータ化することは、植物が土に根を張る力の仕組みや、細胞がどのように分裂して形作られていくかを理解する上で極めて重要ですが、その細胞観察には技術的な困難が伴います。例えば、液体培地の揺動による細胞の位置ズレや成長に伴う細胞形状の変化によって、動画情報から成長速度や成長方向の同定が不明瞭になる場合があります。また、細胞の“先端”の客観的な指標がない場合は膨大な手作業により先端位置を追跡する必要があり、データ解析的な困難も伴います。 そこで、秋田県立大学、東北大学、東京理科大学の共同研究グループは、植物細胞の先端成長を局所的かつ客観的かつ正確に解析できる新しい画像解析ツール「KymoTip(カイモティップ)」を開発しました。これにより、最新のAIセグメンテーションモデルSAM2*2を活用して細胞の輪郭を正確に捉えて、画像相関を基に細胞の位置ズレを補正しました。その結果、画像内を揺動する細胞を補正された座標空間内で表現することができ、客観的で再現性の高い指標で細胞先端の成長速度・方向を精密に自動計測できるようになりました。この技術の確立により、作物の研究や品種改良の現場(育種)などで得られる大量の画像データをハイスループット*3に(大量かつ効率的に)解析することが可能になります。 |
研究成果の詳細
ポイント1:高度な細胞抽出と補正技術KymoTipは、深層学習による細胞セグメンテーションモデルSAM2を採用することで、明視野画像*4や蛍光画像などの細胞輪郭データ(図1a)から、画像ノイズに左右されず正確に細胞を抽出することができます。さらに、抽出した細胞形状を基に、連続する画像間の相関を検出することで位置ずれや回転を数学的に修正する座標標準化を実行します。これにより、顕微鏡環境下の細胞の揺動を画像ブレ補正でき、あたかも固定されているかのように安定した座標空間内で細胞形状を解析することが可能になりました。
ポイント2:細胞の“先端”の定義と自動検出
本ツールは次に、座標標準化された細胞輪郭データに対し、ボロノイ図を用いた細胞のスケルトン化*5を適用し、細胞長軸に沿うような細胞の「中心線」を導出します。この中心線を細胞の端まで延長させることで、これまで研究者の主観に依存して手動で同定されていた細胞先端と基部の位置を、高い再現性で自動特定することに成功しました(図1b)。
ポイント3:細胞形状と細胞内シグナルの同時解析
本ツールの副次的な活用法として、細胞内の核の移動や細胞骨格(微小管など)の集積といった細胞内シグナルを、細胞先端からの距離などを通じて定量的に分析することが可能です(図1c, d)。これにより、「細胞が伸びる瞬間に内部で何が起きているか」といった、細胞の先端成長率や方向と細胞内挙動の相関関係をキモグラフ*6として可視化・解析できます。

図1:KymoTipによる先端成長細胞の定量的画像解析の概要
(b)細胞先端の軌跡に基づく先端の移動速度および先端の移動方向角度の解析例(Zygoteは受精卵、Root hairは根毛、Rhizoidは仮根を表す)。
(c)核位置の解析例。中心線に沿った座標 L を定義し、核位置のダイナミクスを定量化できる。拡大図は核輝度の曲線フィッティング結果。右図はキモグラフとシグナルの曲線フィッティング結果を示す。
(d)微小管バンド動態の解析例。中心線に沿った微小管バンド位置の時間変化をキモグラフとして可視化および動態解析が可能となる。
今後の期待
KymoTipはオープンソースとして公開されており、画像分析の専門家でなくても利用が可能です。シロイヌナズナの受精卵や根毛、ゼニゴケの仮根などの異なる植物種や細胞種でも有効性が確認されていますので、今後植物がどのように発生・形態形成を行うかといった植物科学の基礎研究に留まらず、農作物や育種学の成長制御などを含む広範な画像データ分析などの応用研究まで、幅広い分野への貢献が期待されます。さらに先端成長は、菌類の菌糸など、植物以外の生物にも共通して見られる現象です。将来的には、これら幅広い生物の研究や、その知見を活かした産業応用にも役立つことが期待されます。成果掲載誌
本研究成果は、国際学術誌「The Plant Journal」に令和8年1月20日にオンライン掲載されました。掲載誌
The Plant Journal
タイトル
KymoTip: high-throughput characterization of tip-growth dynamics in plant cells
著者
Zichen Kang, Yusuke Kimata, Tomonobu Nonoyama, Toru Ikeuchi, Kazuyuki Kuchitsu, Satoru Tsugawa, Minako Ueda
DOI
10.1111/tpj.70691
掲載URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/tpj.70691
用語の解説
*1 先端成長: 細胞の先端のみが集中的に伸長する成長様式を指す。*2 SAM2 (Segment Anything Model 2): 画像や動画内のあらゆる物体を高い精度で抽出(セグメンテーション)することができる最新の深層学習AIモデル。
*3 ハイスループット:高速・高生産性を意味する専門用語で、生物化学分野で「短時間に大量のサンプルを自動で高速処理・評価する技術や手法」を指す。
*4 明視野画像:顕微鏡を用いて、試料を明るい背景の中で直接光(透過光・反射光)を用いて観察する最も基本的な顕微鏡観察で得られる画像を指す。
*5 ボロノイ図によるスケルトン化:ボロノイ図とは、平面上にある複数の点に対し、隣接する点から距離が等しくなる点の集まりで構成された平面分割図である。スケルトン化とは、2次元または3次元の物体形状の中心を通る骨格線(人間の背骨のように物体の中心を通る線)を物体輪郭上の点から幾何学的に抽出する手法を指す。
*6 キモグラフ:細胞内シグナルなどの時間経過に伴う変化をわかりやすく表現するために、横軸に時間、縦軸にシグナル特徴量を配置して一枚の画像に圧縮して示す画像描画法。
研究体制と支援
本研究は、秋田県立大学(康子辰研究員,野々山朋信研究員,津川暁助教)、東北大学(植田美那子教授,木全祐資助教)、東京理科大学(朽津和幸教授,池内亨氏(大学院修士課程修了)との共同研究として行われました。本研究は、文部科学省の科学研究費補助金(JP25K18499 , JP23K14204 ,JP23H02494 , JP23H01143 , JP25H01809 , JP22K21352 , JPMJCR2121)、公益財団法人サントリー生命科学財団(SunRiSE)と公益財団法人東レ科学振興会(20-6102)の支援を受けて行われました。
プレスリリース資料
植物細胞の成長先端を追尾する「KymoTip」ツールを開発~座標標準化による画像ブレ補正を基盤とした細胞内シグナルの精密な定量化に成功~
