環日本海5大学アライアンスシンポジウムを開催しました

 秋田県立大学では、日本海側の4大学(福井県立大学、石川県立大学、新潟大学、山形大学)および東京大学と連携し、『未来農業イノベーションのための日本海側大学アライアンス(fAGRI@JSU)』を設立し、気候変動や少子高齢化といった深刻な社会課題を見据え、未来の農業を牽引する革新的な研究と人材育成を共同で進めております。

 この度、本アライアンスの活動の一環として、令和7年12月8日(月)、東京大学弥生キャンパスを会場に、日本海側の稲作を取り巻く課題や技術開発について議論し、未来の日本の稲作のあり方について考える「環日本海5大学アライアンスシンポジウム 日本の食料を支えるー日本海側稲作生産の革新に向けてー」を開催しました。対面とオンラインによるハイブリッド形式で開催し、約200名が参加・聴講しました。

主催者代表あいさつ/秋田県立大学 福田 裕穂 理事長兼学長

 地球温暖化などの気候変動は高温化だけではなく、大規模な洪水や干ばつなど災害の要因となっていると考えられている。2023年の大雨の際には、秋田県でも一等米の割合が極端に減少するなど、農産物の生産に大きな影響を与えた。こうした将来の気候変動を見据え、基幹作物であるイネの気候に対応した品種の開発や、稲作の栽培体系の見直し、さらには技術開発が必須であると考える。こうした状況を踏まえ、日本の米どころである日本海側に位置する5大学に東京大学を加え、『未来農業イノベーションのための日本海側アライアンスfAGRI@JSU』を立ち上げた。本アライアンスでは、未来農業のイノベーションの拠点として各大学が結束し、将来の気候を予測しつつ、農業従事者の高齢化や就農者の減少の加速化に対し、デジタル技術を駆使した産業に変革し、スマート化を一層進めるとともに、次世代就農者の育成に連携して取り組みます。

「北陸農業の課題と政策の展開方向」北陸農政局 植野 栄治 局長

 北陸の耕地の約9割は水田であり、米の生産割合が非常に高い構造である。しかし、米の産出額の減少により、農業生産額は大きく落ち込んでいる。さらに、農業者の高齢化が深刻で、10年後の農業を支える中心層の確保が課題である。また、気候変動の影響は避けられず、令和5年産のコメの品質が大きく低下したように、高温障害への対策が喫緊の課題である。農地基盤においても、大規模な機械に対応するための大区画化の遅れや排水不良、水利施設の老朽化が進んでいる。国は、食料安全保障と生産性向上を主眼に、2027年度から水田政策を抜本的に見直す方針を打ち出し、これまでの水田面積を基にした支援から、水田・畑の地目に関わらず生産性向上に取り組む農業者を重点的に支援する方向へ転換する。高温耐性品種の導入や、大規模化・省力化に繋がる直波栽培、スマート農業を推進するための情報通信環境等の整備、さらには 米の輸出産地づくりと海外への需要拡大を図り、持続可能で強靭な未来型農業の実現を目指します。

「さらなる猛暑に耐える高温耐性イネ育成の取り組み」福井県立大学 三浦 孝太郎 教授

 近年、地球温暖化の影響で稲作現場は深刻な事態に直面している。コシヒカリが育成された約70年前に比べ、現在の平均気温は5度も上昇しており 、令和5年の猛暑は記憶に新しい米不足と価格高騰を招いた 。高温による品質低下では、稲の登熟期に高温に晒されると、でんぷんの蓄積が不十分な白未熟粒が発生し、本来、1等米となるべき米が2等・3等へと格下げされ、農家の収入に直結する大きな損失が生じている 。この課題を解決するため、インド型イネ品種ハバタキから高温下でも品質を維持できる遺伝子APQ-1を特定した 。実際に、APQ-1を導入した富山県の品種は、2023年の猛暑下でも1等米比率93%という驚異的な数値を維持し、コシヒカリの25%という数字を大きく上回る成果を上げた 。研究の目標として、収穫量と品質を同時に高める育種の推進や、水田からのメタンガス発生を抑制する品種などの開発も進めている 。日本海側から日本の食を支えるイノベーションを次々と発信し、持続可能な農業の実現を目指します。

「農研機構(NARO)方式乾田直播栽培」農研機構企画戦略本部 古畑 昌巳 セグメントⅡ理事室長

 水稲の直播栽培は増加傾向にあり、特に乾田直播栽培の面積が拡大している。本技術の最大の利点は、労働時間を移植体系の約38%に短縮できるという高い省力性である。種まき後の適切なタイミングで雑草を防除することで、移植栽培並みの収量を確保でき、多収品種との組み合わせで多収化も可能。また、 代かきをしないため排水性が向上し、大豆、麦、飼料用トウモロコシなど後作の畑作物の湿害が軽減され、多収化に繋がり土地利用型農業の推進に貢献する。東北・北海道を中心に普及は進んでいるが、雪解けの早さや圃場の乾きやすさなどにより地域差がある。このため、地方版に加え標準作業手順書を展開し、今後は関東以西の地域版作成を進めることにしている。農研機構は、乾田直播栽培をコア技術として、稲と畑作物を組み合わせた水田輪作体系のパッケージ化を推進するとともに、本技術のような省力的な基盤技術の上に、スマート農機やデータ駆動型技術を統合したモデル圃場を構築し、普及を加速させる方針である。さらに、指導者不足への対応として、ICTを活用した遠隔営農支援の仕組みも構築し、日本農業への貢献を目指している。

「リモートセンシングとAIを活用したスマート農業技術の展開」東京大学 郭 威 准教授

 日本の農業は、平均年齢が70歳に迫る後継者問題と気候変動の激化という課題に直面している 。この状況下で、AIやロボティクスなどの技術革新が不可欠であり、特に日本のような土地面積が小さい国では、スマート農業技術を用いた高付加価値農作物の栽培に大きなチャンスがあると考えられる 。植物の生育状況を詳細に計測・解析するフェノミクス(フェノタイピング技術)を核とした研究を進めており、圃場の現在・過去のデータを基に将来を予測するデジタルツインの作成を目指している 。稲の生育や分げつ、出穂・開花、籾の登熟具合などをAIと画像解析で高精度に推定・追跡できる技術(トラッキング)があり、AIを効果的に農業で活用するには、農学の専門知識を組み込むことが不可欠である 。また、技術の導入だけでなく、その技術を最大限に活かすために、新しいスマート農法の確立が必要である。農業は難しく、個々の圃場に最適な方法、適地適作を見つけることが重要であり、技術と農法双方の革新が求められている 。

パネルディスカッション

 講演後のパネルディスカッションでは、気候変動や少子高齢化といった課題に対し、各大学の研究と技術をいかに連携させ、農業の未来を切り拓くかについて活発な議論が交わされました。
〇 高温耐性イネの複合的育種
 猛暑によるコメの品質低下に対応するため、高温耐性イネの育成が最重要課題として取り上げられました。登熟期だけでなく、7月下旬頃の花粉形成期など、イネの生育における複数の温度感受性への対応が重要であり、多様な研究データを統合した複合的な育種戦略を進める必要性が示されました。
〇 品種の多様化と作期分散による省力化
 大規模化により大型機械の活用が進展する一方、特定の時期に作業が集中してしまうという新たな課題が生じている。この問題の解決策として、早生・普通・晩生品種を組み合わせた作期の分散が不可欠とされました。また、育種分野では、早生化に焦点を当てた品種改良に取り組んでおり、涼しいうちに収穫を終え、その後の畑作への転換を可能にする輪作体系の構築を目指しているとの発言がありました。
〇 データ駆動型による精密な栽培管理
 高品質なコメを安定的に生産するためには、窒素施肥の精密な管理が重要である。窒素不足は白米化を、過多は食味低下を招く二律背反を克服するため、ドローンで生育状況をモニタリングし、そのデータに基づき緻密に施肥設計を行うスマート農業技術の統合が求められることが確認されました。これらの議論を通じ、今後の農業には、技術、育種、栽培管理のすべてを統合したスマート農法への転換が不可欠であるという認識が共有されました。