イネの遺伝学的研究

                                                                  (永澤)
 イネの全塩基配列の決定は日本が主導した国際的なイネゲノムプロジェクトで行われ、3大穀物の中では最も早く2002年に解読終了が宣言されました。それまでもイネは日本での作物研究の主要な材料でしたが、全塩基配列の決定により、世界的にモデル植物としての地位を確たるものとしました。モデル生物は実用的でない場合がほとんどですが、イネはモデル植物でありしかも実用的な作物であることから、高等生物の研究対象として特異な地位を持っていると言えます。つまり、モデル植物としてイネを研究することで、イネを作っている遺伝子の働きを理解すれば、新しいイネをデザインすることが出来るようになり、実用的でもあるかもしれないと言うことです。そういった新しい作物育種の基盤的知見としてイネの基礎研究の成果が、何時か役に立つ事もあるでしょう。
 残念ながら現状でイネをデザインするといったほどの大がかりで有用な遺伝的改変をすることは出来ません。恐らく私たちのイネに対する理解はそれほどに深くはないからなのでしょう。ゲノムはほぼ総て解読したが、それはゲノムに書きこまれてある文字を認識しただけで、その意味はまだ良く理解されていません。イネのゲノムの半分以上の遺伝子が生物学的に何を行って居るのか不明です。ゲノムの意味を調べることは遺伝子の働きを調べることですが、ある遺伝子がイネの中で何をしているのか知るには、その遺伝子を破壊した突然変異体を作り、得られた突然変異体がどんな異常を持っているか調べる事から始めます。もとの遺伝子は突然変異体で見られる異常を起こさないように働いていたはずです。そこから初めてどんな働きを持つ遺伝子があるのかが解り、イネを作っている遺伝的なプログラムの一部の意味するところが解るのです。実際には私たちは毎年1000系統程度の突然変異処理されたイネを圃場に展開し(写真1)、その中から「?」と思うような突然変異体を見つけ、その意外な働きを持った遺伝子を単離するという方法で、遺伝子とその機能を結びつけようとしています。

 では最近とれた突然変異体を中心として穂の突然変異体を幾つか紹介しましょう(写真2)。



























 写真1)田植え直後の田圃の様子。系統を管理するための木札   写真2)穂の突然変異体の写真。一番上から15-AS-185,15-AS-375,14-AS-437,14-AS-262,        が沢山立ってるのと、小さいイネの苗が見える。       15-AS-286, 12-TS-118, 野生型の穂。

 写真2の一番上の穂は2次枝梗を全く作っていません。上から2、3,4番目の穂は2次枝梗の数が減少し、恐らくその結果、小穂(籾)の数が減っています。上から5番目の穂はやはり2次枝梗の数が減りますが、穂の根本に近い1次枝梗についた2次枝梗が特に無くなります。6番目は穂の根本の方の一次枝梗は残りますが、穂軸は途中からから無くなるので、一次枝梗の数は減ります。2次枝梗の数もかなり減少します。一番下が普通のイネの穂です。
 これらの突然変異体の異常から、ほぼすべての2次枝梗の分化を正に制御する遺伝子、全般的に2次枝梗の数を制御している遺伝子、2次枝梗の数、特に一次枝梗の付け根側の制御をしている遺伝子、穂軸自身の分化を通して、一次枝梗を作っていく能力を制御する遺伝子など様々な遺伝子が穂の分枝が生じる過程に働いていることが解ります。これらの突然変異体のなかの幾つかは既知の遺伝子の突然変異(文献1,2)が原因ですが、幾つかの物はまだ遺伝子が同定されていません。これまでに報告のない遺伝子であることを期待しています。

 穂の形態形成に関する突然変異体では、分枝パターン以外にも節の形成に関する突然変異等の解析を行っています。他にも花の形態に関する突然変異体(写真3)、節の形成に関する突然変異体(写真4)、種子の大きさに関する突然変異体(写真5)その他胚の大きさに関する突然変異(文献3)など、いろいろな変異体を対象としています。



















写真3:内穎も外穎のような形態を示す突然変異体   写真4:節が本来無い場所に出来る(太い矢印)突然   写真5:種子が大きくなる突然変異体。
                              変異体。細い矢印は穂首節。上2本が突然変異     A,E:あきたこまち、B,F:11-AF-145、
                              体の穂で、下2本があきたこまちの穂。        C,G:11-AF-192、D,H:11-AF-283

 イネは年に1度しか育てられないこともあり、研究がなかなか進みません。是非やる気のある学生さんに手伝ってもらいたいところです。

引用文献
1.Komatsuet al. (2003). LAX and SPA: Major regulators of shoot branching in rice. Proc.Natl.Acad.Sci.USA. 100:11765-11770
2.Tabuchi et al. (2011). LAX PANICLE2 of Rice Encodes a Novel Nuclear Protein and Regulates the Formation of Axillary Meristems. Plant Cell
  23:3276-3287
3.Nagasawa et al. (2013).GIANT EMBRYO encodes CYP78A13, required for proper size balance between embryo and endosperm in rice. Plant J.
  75:592-605