研究内容

クロマチン鎖の構造転移メカニズムの解明

私たちヒトの細胞核内に存在する染色体の中のクロマチン鎖は、その高分子構造を緻密に制御することで約2万種類の遺伝情報を、適切なタイミングで適切な量だけ読み取ることを可能にしています。クロマチン鎖の揺動は、3次元のそれぞれの方向に分子衝突を仮定する単純衝突モデルが提案されてきましたが、クロマチンの流動的な振る舞いを説明することができませんでした。また、ヒトの細胞核内のような高密度環境で揺動する高分子鎖の詳細な衝突過程は未だ十分に解明されていません。そこで本研究では、従来のブラウン動力学法に加えて実際のクロマチンの特異的な衝突機構を考慮した新たなシミュレーション手法を構築することで、クロマチン鎖の揺動を適切に検証する研究手法の開発に取り組んでいます。

多細胞の変形・分裂に伴う流れの定量化

ショウジョウバエの翅を構成する層状の組織(上皮組織)は多数の細胞で構成されており、多細胞の多様な変形や分裂による形の変化、ホルモン分泌制御の解明は、基礎研究のみならず臨床研究への応用まで期待されています。上皮組織の動態を表現する数理モデルとして細胞を多角形で近似するバーテックスモデルが提案されていますが、直線による細胞の多角形近似では変形や分裂で生じる表面の丸み(曲率)を適切に記述できない、という問題がありました。そこで我々の研究グループは、曲がった辺を許容する泡状バーテックスモデルを開発し、実際の実験データに整合するようなパターン形成や組織成長の解析手法を提案しています。最近では、組織の物性値が形態形成ステージで異なる場合や、細胞張力が非一様である場合にも拡張し、実際の細胞集団の移動・変形データの張力や内圧を推定する方法論の構築に挑戦しています。

特に画像データから細胞の局所的な動きの速度を算出する画像相関法(PIV)や粒子追跡法(PTV)のような従来手法で捕捉できない細胞流れを定量化する新たな画像分析法を開発し、細胞形状を追跡するデータ定量化プラットフォームの構築を目指しています。

フジツボ(キプリス幼生)の集団遊泳メカニズム

フジツボの遊泳の様子

フジツボと呼ばれる甲殻類生物は船や海洋構造物などに付着し海洋作業の邪魔をする厄介者とされていますが、実はその集団遊泳のメカニズムはほとんどわかっていません。本研究では、遊泳期の付着行動に特化したキプリス幼生に着目し、その集団的付着運動の解明を目指しています。遊泳期のキプリス幼生の行動原理が解明されれば、行動様式を応用した集団付着システムの構築や実際の船への付着防止装置の開発も期待されています。

本研究では、キプリス幼生の遊泳運動を撮影した動画データからキプリス幼生の位置座標を時空間的に追跡することで、キプリス幼生の速度相関や平均二乗変位などの統計量を用いて解析する手法を開発しています。また、これにより、キプリス幼生の遊泳モードの分類(並進モード、回転モードなど)を行っています。さらに、我々の手法を三次元に拡張し、ガルバノミラーとハイスピードカメラを用いた三次元的な撮影システムとデータ再構成法の開発も行っています。

トンボの飛行メカニズムの解明

トンボの翅まわりの気流

トンボは昆虫類でも特に飛行性能に優れた生物であり、急旋回や滑空などのような特異的な飛行能力を持っています。この高性能な飛行メカニズムを解明することで、新規の機能性飛行機械などの工学的応用が期待されています。しかし、実際のトンボの翅の詳細な形状や構造の形態学的研究や翅の周囲の流体運動を考慮した力学的研究は基礎的な知見の蓄積に留まっており、トンボの飛行メカニズムを解明するには至っていません。本研究では、翅脈のパターン形成過程の定量化や翅脈の材料特性の分析を通して、翅脈構造と飛行性能の関係を明らかにすることを目指しています。さらに、流体力学と飛行の関係を解明するために、翅のはばたき運動や翅まわりの気流を可視化し、三次元的な定量解析を行っています。

トンボの翅に学ぶ小型翼用バイオミメティック材料の検討

トンボは高い飛行性能を有しており,それらはトンボの翅の薄膜,翅脈,およびそのほかの構成要素に起因しています.しかし,飛行性能に対する個々の翅の構成成分の正確な影響はまだはっきりとわかっていないため,これらの要素を研究し,トンボの翅に近いものを作ることができれば工学的に応用できるのではないかと考えています.トンボの翅は音もなく,風も乱さずに飛行できるため,超小型飛翔体(MAV)への応用を検討しています.

セルロースナノファイバー生成における配向秩序のシミュレーション研究

セルロースナノファイバーは、地球上に存在するバイオマス中の約50%を占めるセルロースをナノレベルまで解繊した新しいバイオマス素材であり、軽量、高強度、高弾性、低熱膨張などの優れた物性を持っています。これらの優れた物性を活かして、透明で高強度なフィルム作成や、プラスチック基材などと複合することで低いガス透過度を付与することができるなど、幅広い応用が期待されています。

本研究では、Flow-focusing法と呼ばれる、流体力学的に分子配向を制御するセルロース繊維創製方法の仕組みの解明と創製効率の向上を目指しています。特に、液晶高分子の配向性研究を基礎にして、高分子鎖シミュレーションと流れ場シミュレーションを複合したマルチフィジックス解析法を開発しています。これまでに実際のセルロース繊維創製過程の分子配向度を定性的に説明することに成功していますが、さらにCNFの配向制御を変えることで分子配向度を増加させる機構の解明に挑戦しています。

根の枝分かれ構造形成過程の解明

レタスの根の様子

植物の根は土中から水や栄養素を効率的に吸収するために枝分かれ構造をしています。その詳細な3次元的構造の形成過程を解明することで植物の栽培の効率化や安定化が期待されています。特に、塩類などのストレスや植物ホルモンに反応する仕組みに着目し、根の形作りの仕組みを解明することを目指しています。

本研究では、水耕栽培で育てたレタスの根を3次元的なデータとしてカメラで撮影・取得し、画像分析によって3次元的な形態を再構築する画像分析法の開発を目指しています。展望として、先行研究で開発された植物ホルモンの移流拡散を考慮した根の成長・枝分かれシミュレーション手法と実際のデータを比較し、根の構造を決める支配パラメータを決定することを目標としています。

流体の動的分水嶺を表すラグランジュ協同構造解析の実データへの応用

鞍点付近の安定および不安定多様体の概念図

流体の混合現象の中にはカオス的混合と呼ばれる流体が複雑な挙動を示しながら輸送・拡散する例があります。例えば、対流現象では、流体が停滞する領域と広範囲に輸送される領域が複雑に絡み合う不均一な混合を示します。これら複雑な流体混合過程をひもとくには、流体の位置と速度の分布(相空間)において、流体が枝分かれを起こす、いわば分水嶺の位置を数理的に特定することが有用です。そこで、本研究では相空間上の流体の軌道が安定化する構造(安定多様体)と不安定化する構造(不安定多様体)を特定することにより、流体を流動性の低い場所と高い場所に分類する手法の開発に取り組んでいます。特に、ラグランジュ協同構造(Lagrangian Coherent Structure, LCS)と呼ばれる相空間の局所的な流動性を評価する方法を改良し、ダイナミックに変化する動的な分水嶺を抽出することを目指しています。また、実社会の課題である船舶の油流出問題や長期間の気象予報など様々な流体輸送現象の理解と予測につなげるために、LCS解析を実際の流体動画データへ応用する新たな技術開発を目指しています。

植物受精卵細胞内の微小管リングを再現するシミュレーション研究

研究概要

植物は、細胞膜内の表層微小管分子を配向させることで、細胞形状や細胞成長を制御していると考えられています。特に受精卵細胞では、円筒形の細胞の周囲を取り囲むように円環状に配向秩序(微小管リング)を形成することで細胞成長を制御し、初期発生過程の体軸を決定していると考えられています。しかしながら、単一分子である微小管の伸長・短縮などの動的な変化によってどのように微小管リングを形成するかは充分に理解されていません。そこで本研究では、シミュレーションによって、受精卵細胞内の微小管リングを再現することを目指しています。動的に伸長と短縮を繰り返す微小管の束を一種の分子エージェントとみなしたシミュレーションを構築し、微小管分子がどのように配向秩序を形成するかを定量的に分析しています。また、植物受精卵細胞を生きたまま顕微鏡観察を行ったライブイメージング画像データと照合しつつ細胞内の分子ダイナミクスの解明に挑戦しています。

植物根部重力屈性の数値シミュレーションと動的効率に関する研究

有限要素法による根の屈曲シミュレーション

植物は水平に倒すと,根では下方に(茎では上方に)屈曲を起こすことが知られており,重力屈性と呼ばれています.植物の根は地中に伸びることで水分や栄養分を得るだけでなく,茎などの地上部を支える力学的な役割を担っているため,根の重力屈性は植物の生理学的かつ力学的な戦略と捉えることができます。重力屈性は,水平にした際の上側と下側の細胞の成長の差異(偏差成長)によって引き起こされていることがわかっていますが,多集団の細胞がどのように協調して根の曲がりを達成しているかは未だ十分に理解されていません.そこで,私達の研究グループでは根の屈曲動態を画像分析と数値シミュレーションによって定量的に分析することで,根が効率的に曲がる仕組みを解明することを目的としています.特に,根が排除面積を最小化させるように屈曲する,という作業仮説を検証し,屈曲の効率性を評価することで自動車の内輪差など広範な曲がり動態への応用を目指しています。

ハエトリソウの閉合運動を模倣した3次元的な変形設計法の開発

ハエトリソウ

食虫植物であるハエトリソウは葉の内圧を巧みにコントロールすることで,わずか0.5から1秒もの速いスピードで閉合し虫を捕まえることができます.この葉の閉合運動を理解するためには,実際の葉の3次元的な屈曲動態を定量化する必要があります.そこで本研究では,ハエトリソウを2方向から動画撮影し,DLT法と呼ばれる手法により3次元動態を再構築する方法の開発を行っています.この3次元的な動き方をより詳しく分析する為に、再構築された特徴点から三角形メッシュの時間変化を取得し,変形勾配テンソルなどの変形情報を抽出することで,葉の表面のどこにどのくらいの力がかかるかを明らかにすることを目指しています.