妥当性の検証

モデルが正しいのか否か、どこか修正すべきかどうかを観測結果から検証する

このモデルは生化学的な知見をもとに熱力学に則って組まれたものであるが、しかし、それでも実証は必要だ。これを書いている時点ではまだ直接証明はされていない。しかし、理論から演繹されたいくつかの仮説が、観測によって支持されている。

モデルから演繹される仮説

式17、および式12 , 式7 式15から明らかなように、[mRNAgene]は多くのギブス自由エネルギー変化と、アレニウスの活性化エネルギーの和で表される。中心極限定理により、多くのiidランダム数の和は正規分布する。そこで式17のエネルギーの和は、おそらく、正規分布するだろう。ならば[mRNAgene]は対数正規分布するだろう。

実際に[mRNAgene]の分布を測定するのは困難だ。しかし、その分布形式はマイクロアレイデータから推察することができる。マイクロアレイのデータは、個々のプローブがまちまちな感度を持つ。感度はそれぞれのシグナルデータに相乗的に影響する。そこで、もし[mRNAgene]の分布が対数正規分布なら、マイクロアレイデータも対数正規分布するだろう。しかしもし[mRNAgene]の分布が対数正規分布でなく、全く異なるものなら、わずか2つの数の積は対数正規分布をもたらさないだろう(多くのランダム数の積が対数正規分布をもたらす)。

観測された事実

マイクロアレイデータの分布様式は対数正規分布であった(これを利用してパラメトリックな標準化をしている)。

モデルから演繹される仮説

これは正規分布の幅をあらわすパラメーターである。このパラメーターはiidランダム数の性質と、それをいくつ集めて和をとるかによって決定される。これは細胞におきかえると、配列の多様性と、因子の性質、そしていくつくらいの因子がひとつの遺伝子の発現を調節するかということだ。つまりこれはその細胞の性質によって決定されるパラメーターである。そして、細胞が基本的に同じしくみを共有していることから、この値はおそらくあまり生物間でも変わらない。この値も実測しがたいのだが、マイクロアレイデータの分布に反映される。

観測された事実

マイクロアレイデータの分布にみられるσは実験によってほとんど変化しない。

モデルから演繹される仮説

もし一つの刺激がある因子の活性濃度を変えるのなら、そのエネルギー変化は相可的である。これは式17から、[mRNAgene]を相乗的に変えるだろう。ならば、二つの刺激の効果もまた相乗的であろう。

観測された事実

実際にこれをマイクロアレイで測定していたケースを1つだけ、オープンソースのなかから見つけることができている。これは、熱ショックを与えたサンプル(a)、浸透圧ショックを与えたサンプル(b)、そしてそれら両者を同時に与えたサンプル(c)で、影響を調べている。それぞれから算出した発現のレシオは
ratioc = ratioa × ratiob
という関係を示した。

じつは昔からsynergy effect (=more than additive)としてこのような現象は知られていたが、それが相乗効果であることをきちんと示したのはこれが初めてではないかと思う。

まず生化学的にin vitro系を使って調べようかと考えていた。立ち上げが面倒だけれど、実験条件を自由に振れるし、測定も精密にできる。

ところが先日、生物物理学会に初めて行ったら、一分子モニタリングの手法がものすごく進んでいて、正直なところ、たまげた。見て驚くとはこのことか。複数種類の因子を異なるラベルで観ることが可能になれば、こうして得た画像を解析することができるようになるかもしれない。それが可能にならば、直接証明はもちろん簡単だし、その次の段階(遺伝情報の読み出し)ができるようになるだろう。いやこれはたいした技術だ。大きなブレークスルーの予感がする。なによりin vivoで、生きている状態で測定ができるのは強みだ---まだ解決すべき問題はあるのだけど。