研究内容

流体の動的分水嶺を表すラグランジュ協同構造解析の実データへの応用

鞍点付近の安定および不安定多様体の概念図

流体の混合現象の中にはカオス的混合と呼ばれる流体が複雑な挙動を示しながら輸送・拡散する例があります。例えば、対流現象では、流体が停滞する領域と広範囲に輸送される領域が複雑に絡み合う不均一な混合を示します。これら複雑な流体混合過程をひもとくには、流体の位置と速度の分布(相空間)において、流体が枝分かれを起こす、いわば分水嶺の位置を数理的に特定することが有用です。そこで、本研究では相空間上の流体の軌道が安定化する構造(安定多様体)と不安定化する構造(不安定多様体)を特定することにより、流体を流動性の低い場所と高い場所に分類する手法の開発に取り組んでいます。特に、ラグランジュ協同構造(Lagrangian Coherent Structure, LCS)と呼ばれる相空間の局所的な流動性を評価する方法を改良し、ダイナミックに変化する動的な分水嶺を抽出することを目指しています。また、実社会の課題である船舶の油流出問題や長期間の気象予報など様々な流体輸送現象の理解と予測につなげるために、LCS解析を実際の流体動画データへ応用する新たな技術開発を目指しています。

メダカ尾びれの推進動態定量化を基盤とした多関節弾性体モデルの構築

メダカの中心線解析の概要

魚や軟体動物の推進機構は、身体全体をくねらせるウナギ型推進、尾びれのみを振動させるハコフグ型推進、身体の後ろ半分をなびかせるアジ型推進の3つに分類されます。中でも、アジ型推進は尾びれの左右への振動の切り替えを素早く行うことで、抵抗力を抑え推進力を最大化していると考えられています。魚の推進効率は推力T、周囲流体との相対速度V、尾びれが流体にする仕事Pを用いて、η=TV/Pと定義されますが、魚の推力と推進効率はトレードオフ関係にあり,魚がどのような動きで適切な推進を達成しているかは一筋縄では理解できません。そこで本研究では、メダカの中心線解析で得た魚体軸の曲率分布の結果をヒントに、細長物体理論および多関節弾性体モデルの解析を行い、魚の推進が流体力学的に優れているか否かを定量的に解析することを試みます。

イネの倒伏軽減に向けた草丈予測手法の開発

ガウス過程回帰による草丈予測

イネは暴風などの環境要因や過剰な穂重などの形態要因により倒伏する場合があり,倒伏してしまうと収穫量の減少や作業量の増加を引き起こすため,イネの倒伏軽減は稲作農業の長年の課題です.これまでイネの倒伏を防ぐための現場農家での様々な対処法(倒伏軽減剤など)が試みられていますが,未だ統一的にイネの倒伏軽減を実現する技術は開発されていません.そこで本研究では,イネの状態を把握し倒伏を未然に防ぐ方法論を開発することを目的とします.具体的には,①圃場データに基づく倒伏力学モデルの構築,②深層学習によるイネの草丈・茎数・葉色の推定,③葉色からの葉緑体値を予測する手法の開発,④倒伏予測理論の構築の4課題に分類し,最終的には6,7月の早期にイネ圃場の画像のみで,8,9月の成熟期のイネの草丈および倒伏リスクを予測するアプリケーションの開発を目指します.

らせん変形数理を基盤としたタンパク質の機動変形デザイン

曲げ角度と捩じれ角度を考慮した弾性体モデル

本研究では,大腸菌内に存在するらせん形状を持つたんぱく質であるR-bodyに着目します.R-bodyは,細胞内PHが7程度ではコイル形状(高さ400nm)で存在し,細胞内PHが5程度の酸性に変わるとらせん形状(高さ20m)へと大変形を引き起こします.このR-bodyは,大変形によって大腸菌の細胞膜のみならず周辺細胞の細胞膜を破壊するPH依存的な毒として機能すると考えられていますが,分子集合体としてのたんぱく質の全体構造がわかっていません.また,コイル形状かららせん変形へ遷移する力学的仕組みもほとんどわかっていません.そこで,本研究ではらせん形状を定量的に明らかにするために,原子間力顕微鏡(AFM)で得たR-body画像データの曲率解析を行います.またデータ解析と並行し,らせん高分子鎖モデルのシミュレーションを行うことで,らせん変形を理論的に理解することを目的とします.

ハエトリグサの閉合運動を模倣した3次元変形設計法の開発

ハエトリグサ

食虫植物であるハエトリソウは葉の内圧を巧みにコントロールすることで,わずか0.5から1秒もの速いスピードで閉合し虫を捕まえることができます.この葉の閉合運動を理解するためには,実際の葉の3次元的な屈曲動態を定量化する必要があります.そこで本研究では,ハエトリソウを2方向から動画撮影し,DLT法と呼ばれる手法により3次元動態を再構築する方法の開発を行っています.この3次元的な動き方をより詳しく分析する為に、再構築された特徴点から三角形メッシュの時間変化を取得し,変形勾配テンソルなどの変形情報を抽出することで,葉の表面のどこにどのくらいの力がかかるかを明らかにすることを目指しています.

植物受精卵伸長期の移動性微小管バンドの形成機構の解明

エージェントベース法の概要

植物は、細胞膜内の表層微小管分子を配向させることで、細胞形状や細胞成長を制御していると考えられています。特に受精卵細胞では、円筒形の細胞の周囲を取り囲むように円環状に配向秩序(微小管リング)を形成することで細胞成長を制御し、初期発生過程の体軸を決定していると考えられています。しかしながら、単一分子である微小管の伸長・短縮などの動的な変化によってどのように微小管リングを形成するかは充分に理解されていません。そこで本研究では、シミュレーションによって、受精卵細胞内の微小管リングを再現することを目指しています。動的に伸長と短縮を繰り返す微小管の束を一種の分子エージェントとみなしたシミュレーションを構築し、微小管分子がどのように配向秩序を形成するかを定量的に分析しています。また、植物受精卵細胞を生きたまま顕微鏡観察を行ったライブイメージング画像データと照合しつつ細胞内の分子ダイナミクスの解明に挑戦しています。

リザバー計算による植物受精卵の実測困難な力学パラメータの推定

形態力学モデルの概要

細胞成長は、水や表面張力のような力学要素や、それらの局所変動など、複雑な要因によって制御されますが、全要素をあまさず実測するのは至難です。植物受精卵は、力学要素を介して細胞成長を精緻に制御し、体軸形成を実現します。遺伝子発現の特定が進む一方で、力学要素の実測には至っていません。そこで本研究では、時系列処理に適する機械学習法(リザバー計算)を導入し、実測可能な時空間情報から、「見えない」力学要素を網羅的かつ定量的に推定する新方法論を創出します。これにより、イオンチャネル開閉から吸水性増減、細胞の局所成長に至る過程など、遺伝子・力学・生理・発生の定量的理解を目指します。

植物根部重力屈性の数値シミュレーションと動的効率に関する研究

有限要素法による根の屈曲シミュレーション

植物は水平に倒すと,根では下方に(茎では上方に)屈曲を起こすことが知られており,重力屈性と呼ばれています.植物の根は地中に伸びることで水分や栄養分を得るだけでなく,茎などの地上部を支える力学的な役割を担っているため,根の重力屈性は植物の生理学的かつ力学的な戦略と捉えることができます。重力屈性は,水平にした際の上側と下側の細胞の成長の差異(偏差成長)によって引き起こされていることがわかっていますが,多集団の細胞がどのように協調して根の曲がりを達成しているかは未だ十分に理解されていません.そこで,私達の研究グループでは根の屈曲動態を画像分析と数値シミュレーションによって定量的に分析することで,根が効率的に曲がる仕組みを解明することを目的としています.特に,根が排除面積を最小化させるように屈曲する,という作業仮説を検証し,屈曲の効率性を評価することで自動車の内輪差など広範な曲がり動態への応用を目指しています。