遺伝・育種学講座 卒業論文(平成16年度)

非対称融合によるニンジンの細胞質雄性不稔系統の稔性回復に関する研究
内藤 恭子
 細胞質雄性不稔(CMS)は雄性器官が機能不全となるため、一代雑種育種を行なう際に非常に有効である。しかしCMS系統はその特性から、有用CMS系統がもつ遺伝子を継続的に保持する方法として、可稔化させることが考えられる。稔性はCMS系統の細胞質を正常なものに置換すると回復する。そこで本研究では培養が比較的容易なニンジンを用い、有用CMS系統「パワフルレッド」と正常系統「KV」を非対称細胞融合することで、「パワフルレッド」を稔性化させることを目的とした。はじめに2品種から種子由来のカルスを培養し、プロトプラストに単離した。核親である「パワフルレッド」にはIOAで細胞質を不活性化させ、細胞質置換用の「KV」にはX線照射して核を不活性化させ、2種のプロトプラストを融合した。得られた融合細胞は寒天に包埋して培養し再分化を図った。このとき比較対象として無処理の「パワフルレッド」由来のプロトプラストも同様に培養した。その結果、比較対象と比べると5×10-4の頻度であるが融合細胞は分裂しカルスを形成した。なお「パワフルレッド」からは再分化個体を得ることができ、この核をもつ融合細胞からの再分化が期待される。また親品種のPCR解析とAFLP解析の結果、核とミトコンドリアに多型が検出された。得られた結果を利用することにより、再分化個体の雑種性について評価することが可能となった。

重力屈性突然変異イネ「寝太郎」のspd遺伝子のファインマッピング
沢田 瑞季
 1987年、秋田県農業試験場で「あきた39」の中に重力の反対方向ではなく地面に拡がるように生長するイネの突然変異体が発見され「寝太郎」と命名された。石賀(2003)により、「寝太郎」の形質発現に関与する遺伝子は1遺伝子であることが明らかにされ、遺伝子はspdと名付けられた。さらに、spd遺伝子が第11染色体にあるDNAマーカー、RM7468とAC136843の間に位置することが明らかにされた。本研究では、「寝太郎」の形質発現に関与するspd遺伝子の特定を目指し、spd遺伝子の精密な座乗候補領域の特定を試みた。spdの座乗候補領域近傍に位置するDNAマーカーにより、spd遺伝子がRM6091とAC1356843の間の21.4cMの範囲内に座乗することが明らかとなった。さらに塩基配列情報を活用して新たに4個のDNAマーカーの作成に成功し、spd遺伝子の座乗範囲を11.4cMに絞り込むことに成功した。このことから「寝太郎」の重力屈性に関与するspd遺伝子は第11染色体のSPDT-10とAC136843の間の460kbの範囲内に座乗すると考えられる。今後、さらに精密な位置の特定を進めることで、spd遺伝子本体を明らかに出来るものと考えられる。イネの重力屈性に関与する遺伝子が特定され、その仕組みの解明が進めば、将来無重力で植物を育てることを考える上で重要な意義を持つものと期待される。

イネ細胞質雑種に見られる稔性の世代間変異の解析
鈴木 蓉子
 細胞質雄性不稔系統「A58CMS」と日本型栽培品種「フジミノリ」との非対称融合により作出された細胞質雑種個体は、完全不稔から高稔性に至るまで様々な種子稔性を示した。このうち完全不稔を示した株を維持したところ、2個体(Cy-76及びCy-100)で自殖による結実が見られた。そこでこれら2個体について後代での種子稔性の追跡調査を行ったところ、この2個体由来の系統群は10世代目に至るまで、稔・不稔性について不安定な分離を繰り返した。本実験ではこれら細胞質雑種後代に見られる不安定な稔性の原因の解明を目的とした。第一に、不安定な稔性変異を示すこの細胞質雑種自殖後代11世代及び、10世代においてCy-76とCy-100の間で相反交雑して得られたF1を栽植して得られた種子の稔性調査及び比較検討を行った。まず、11世代に関する調査の結果、10世代と11世代の種子稔性の変異は類似の傾向を示しており、この世代間では遺伝的には固定されていることが示唆された。次に、F1の調査結果から、両者の細胞質の間には遺伝的差が存在している可能性が示唆された。第二に、稔性に関与する遺伝子の解析を効率的にDNA 多型を検出できるとされるAFLP法を用いて行った。この結果、両親に特徴的なバンドや雑種にみられる特徴的なバンドというような多数の変異が検出され、ゲノム全体に大規模な変異が生じていることが判った。

オオムギの物理地図作成に関する基礎的研究
玉木 宏和
 オオムギのゲノム解析はゲノムサイズが大きい(約5000Mb)ことからあまり行われていないが、染色体が2n=14と少ないことから染色体を材料とした研究に古くから利用されている。一方イネはゲノムサイズが小さい(約430Mb)ことからモデル植物と呼ばれ、ゲノム解析は終了している。そのゲノム情報および人工染色体などが利用可能であり、本研究はオオムギゲノムを染色体レベルで概略化することを目標に蛍光in situ ハイブリダイゼーション(FISH)法を用いて染色体の解析を行った。in situ ハイブリダイゼーション法は1969年にPardueらによって開発され、この方法により染色体、細胞あるいは組織切片の形態を維持して特異的な核酸配列の検出が可能になった。オオムギの染色体はプロトプラスト乾燥法によりスライドガラスに固定した。プローブはイネの大腸菌人工染色体(BAC)クローンをニックトランスレーション法によりハプテン標識し、抗体反応により蛍光色素を結合させ、蛍光顕微鏡で観察した。イネBACクローンはイネ染色体の全体をカバーするように44個を選択し、オオムギの染色体との分子雑種を形成させた。そのオオムギ染色体の位置情報を元に物理地図を作成し、イネとオオムギの相同性を調べた。そのうち7種のイネBACクローンにおいてFISH解析の結果が得られ、4種からシグナルが検出された。

ダイコンにおける形質転換系の確立
三井 空
 ダイコンはアブラナ科に属する野菜で形態や性質など多様なものが存在する。古くから栽培され、国内では最も生産量の多い野菜である。また、加熱や生食、発酵食品など用途も多彩で日本人にとって最も重要な野菜の一つである。用途が多彩なことから、栄養価の改良などの機能性を付加することにより高機能性食品としての活用が考えられる。ダイコンでの形質転換が可能となれば、ダイコンの遺伝子機能の解明が進展し、さらには遺伝子レベルでの機能性の改良も期待される。そこで、本研究ではダイコンの形質転換系の確立を目指し、胚軸組織からの植物体再生系を利用した遺伝子導入法の開発を行なった。まず、胚軸細胞にアグロバクテリウムを介してGUS遺伝子の導入を試みた。輪切りにした胚軸とアグロバクテリウムを共存培養したところ、胚軸細胞が青色に染色され遺伝子が組込まれることが明らかとなった。共存培養期間は72時間が最適で、減圧によりアグロバクテリウムを吸引させることでほぼ全ての胚軸切片に遺伝子が導入された。この胚軸組織から再生した不定芽でも遺伝子導入が確認された。さらに、不定芽から再生した植物体では組織全体でGUS遺伝子が発現しており、PCRでも遺伝子の組込みが確認された。これらは、形質転換されたダイコンが得られたことを示している。現在、形質転換植物を育成しており、今後、後代での外来遺伝子の解析を進めたい。

遺伝・育種学講座 卒業論文(平成15年度)

イネのカドミウム吸収に関与する遺伝子座の解明
加藤 美絵
 カドミウム(Cd)の摂取により、健康が阻害されることから、農産物中のCd濃度が大きな社会問題となっている。その対策として切望されているのが、植物によるCd汚染土壌の浄化や、農産物中にCdを蓄積しない植物の開発である。そこで本研究では、植物のCd吸収と蓄積のメカニズムの解明を目指し、イネのCd吸収に関与する量的形質遺伝子座(QTL)の解明を試みた。材料として、「あそみのり」(Japonica型)と「IR24」(Indica型)のRI系統を用いてCd濃度10ppmで処理した土壌で1ヶ月間畑状栽培し、植物体のCd含有率を分析した。その結果、系統間のCd含有率は11.1ppmから95.2ppmまでの変異を示し、複数の遺伝子がCd吸収に関与していると推測された。そこで、遺伝子地図をもとにQTL解析を行った結果、第2、第3、第4および第8染色体上に4ヶ所のQTLが検出された。このうち、第3と第8染色体上のQTLは「あそみのり」、第2と第4染色体上のQTLは「IR24」の遺伝子がCd含有率を高める作用を持つと推定された。これら4つのQTLは、RI系統間のCd含有率の変異幅84.1ppmのうち33.7%(約28.3ppm)の変動に作用した。さらに、他の無機イオンの吸収に関与するQTLとの位置関係から、無機イオン吸収に関与する共通のQTLの存在が示唆された。特に、Mn吸収に関与するQTLの位置は、Cd吸収に関与するQTLと3ヶ所でほぼ一致した。

分散分析法によるイネ耐冷性に関与する染色体領域の解析
佐藤 恵利子
 北海道や東北地方の夏はシベリアの北を横断する冷温な等温線が横切っており、稲作は常に冷害の恐怖にさらされている。平成5年や昨年も大冷害の発生により、収量が激減し問題となった。イネは秋田県農業の基幹作物であり、冷害を未然に防ぐため高度耐冷性品種の育成が切望されている。本研究では耐冷性イネ育成を目指し、耐冷性に関与する染色体領域を明らかにすることを目的とした。材料として耐冷性遺伝子集積系統「東北166号」と「あきたこまち」との交配により得たF2を用いた。耐冷性検定圃場において各F2個体の不稔歩合を調査し耐冷性を評価した。次に、分析したF2の遺伝子型をもとに分散分析法により耐冷性に関与する染色体領域の解析を試みた。その結果、第2、第5、第7、第8、第11および第12染色体上に耐冷性に関与する染色体領域の存在が推定された。さらに、これらの領域について遺伝子座の位置を特定するため、QTL解析を行った結果、第2、第7および第11染色体上にQTLの存在を見出した。本研究で見出した耐冷性に関与する染色体領域のDNAマーカーを合わせ持つ系統は高い耐冷性を示すものが多いことから選抜マーカーとしての品種改良への活用が期待される。今後、検出されたQTLにより近い位置にマーカーを開発することでより高精度の選抜が可能になると考えられる。

イネの収量関連形質のQTL解析 −穂形質を決める遺伝子座−
手塚 耕一
 作物の収量を増やすことは育種上の最大の目的である。イネでも収量増加を目指した改良が行われてきた。収量関連形質は環境によって影響されやすく、複数の遺伝子が関与している量的形質である。遺伝子地図を用いることでQTL解析によりこれら複数の遺伝子座を解析することが可能となった。本研究では穂形態に特徴のある多収のハイブリッドイネに着目し、収量に関与する遺伝子座をQTL解析によって明らかにすることを目的とした。材料としてイネのF1ハイブリッド品種MH2003の葯培養によって作出された183系統のDH系統群を用いた。収量に関連する形質の調査と遺伝子地図の作成を行った。その結果、1穂重は1穂粒数と高い相関を示し、さらに1穂粒数は2次枝梗粒数によって決定されていることが明らかとなった。作成した遺伝子地図を用いQTL解析によりこれらの形質に関与する遺伝子座を解析した結果、1穂粒数のQTLが2ヶ所に、2次枝梗粒数のQTLが5ヶ所に検出された。また、1穂重のQTLが1ヶ所に検出された。検出されたQTLのうち第1染色体の短腕末端に座乗するQTLはこれら3形質に強く関与しており粒数を50%増加させる作用があった。遺伝子の位置関係からも1穂粒数が1穂重に関与していると推定された。しかし、1株籾重のQTLは環境の影響を受け年次間で異なったことから、1株籾重と穂形質との関係についてさらに検討を行う必要がある。

イネ細胞質雑種個体にみられる不安定な稔性変異の遺伝解析
森野 豊
 非対称細胞融合法により土門(1990)が作出したBoro型の雄性不稔細胞質を有する「A-58 CMS」と日本型栽培品種「フジミノリ」との細胞質雑種個体は、完全不稔性から高稔性の個体まで広範囲の稔性を示した。このうち完全不稔性であった2個体(Cy-76およびCy-100)を株保存したところ、再生分げつ中に稔性の回復がみられた。この2個体について後代検定を行い稔性による選抜を行ったところ、その稔性は安定化することなくR8世代まで不安定な稔性変異を続けた。本研究ではCy-76とCy-100系統由来の自殖後代R9世代およびR10世代を用いて、その特異的な稔性変異の原因究明を目的として行った。まず、種子稔性調査により各世代ごとの稔性変異を株内の穂別ごとに調査した。その結果、安定した稔性を示す系統が23系統みられた。しかし、全体的にみると世代間の稔性の相関性もみられず、稔性の安定化はいまだ達成されていない。次いで既知の雄性不稔性遺伝子の関与について解析を行った結果、PCR解析でCMSの原因遺伝子とされるatp6遺伝子領域の親系統間での多型性を確認し、自殖後代にみられる雄性不稔性と「A-58 CMS」にみられる雄性不稔性の原因遺伝子が異なるという事を示唆するものであった。今後は核遺伝子との関連について検討するとともに、検定交配による後代検定を含めた遺伝解析が必要である。

ライコムギの生育に及ぼす播種日の影響
八重樫 真澄
秋田県では、更なる麦の品質の向上およびイネに変わる新しい作物の導入が望まれている。ライコムギは、コムギとライムギを人工交配して作られた穀物で、コムギの良質および高収量性、ライムギのビタミンBや食物繊維などの豊富な栄養素、耐冬性、耐乾性および酸性土壌への耐性の強さを合わせ持っている。本研究は、秋田県内で実際に栽培されているコムギ品種を基準にし、秋田で栽培可能なライコムギ品種を探索することを目的として行った。コムギ、ライムギおよび低温要求性の異なるライコムギ品種を供試した。播種は10日ごと3回に分けて行い、越冬前の分げつ数および草丈、越冬後の分げつ数、そして出穂日や稈長などの形質を調査し、それらの形質に及ぼす播種日の影響を調べた。また、ライコムギの形態および形質に関してコムギとの類似点を調べ、コムギと同等の生育を示すライコムギ品種の選抜を行った。播種日は越冬前の初期生育に影響し、播種日が早いほど初期生育が旺盛であった。秋田で越冬できる麦は秋播性の品種で、春播性のライコムギ品種は越冬できなかった。ライコムギは、コムギよりも出穂日が晩く、ライムギと同等の稈長であったが、それらの揃いはコムギと同等であった。また、千粒重はライムギより重く、コムギより大粒のものもみられた。今後の課題として、秋田でライコムギを栽培するには早生化および短稈化が望まれる。

遺伝・育種学講座 卒業論文(平成14年度)

イネの重力屈性突然変異体「寝太郎」の形質発現に関与する遺伝子(spd(t))のマッピング
石賀 優規子
 植物は重力に敏感に反応して茎は重力の反対方向へ、根は重力方向へ成長する。この重力を基準として成長方向を制御する反応は重力屈性と呼ばれ、植物にとって重要な環境応答の一つとなっている。近年、重力屈性に関係する遺伝子が見出されてきたが、未だ重力屈性の全貌の解明には至っていない。1987年、秋田県において重力屈性を示さず、地面に拡がるように成長するイネの突然変異体「寝太郎」が発見された。「寝太郎」では重力屈性に関係する遺伝子に変異が生じていると考えられるため、イネにおける重力屈性のメカニズムの解明に利用できるのではないかと考えた。そこで、本研究では「寝太郎」の変異形質に関与する遺伝子をマップベースクローニングにより単離することを目指し、その染色体上の正確な位置決定を行なった。遺伝分析の結果、「寝太郎」の変異形質は単一劣性遺伝子に支配されると推定された。この遺伝子をspd(t)とし、マイクロサテライトマーカーを用いて染色体の座乗位置の解析を行なった。その結果、spd(t)は第11染色体に座乗することが明らかとなった。さらに、ゲノム情報を活用してspd(t)が座乗する領域のDNAマーカーを作成し、より詳細な座乗位置の特定を行った。その結果、spd(t)は第11染色体の動原体付近に位置していることが明らかとなった。

イネの花粉飛散による雑交の可能性に関する基礎研究
伊藤 貴絵
 品種特性の純度を保持することは、極めて重要である。イネでは自然交雑がかなりの頻度で発生しており、糯粳の雑交はその一例で、問題となっている。本試験では、糯品種(ヒメノモチ)を受粉側に、粳品種(あきたこまち)を花粉源とし、その交雑率と出穂期、花粉飛散距離の関係を明らかにすることを目的とする。交雑の判定は、糯性、粳性によるキセニア現象を利用して行い、交雑率は交雑種子の割合として算出した。これまで一般的な花粉の飛散距離は3mとされており、また糯粳品種が隣接する圃場で糯品種への粳花粉混入を防ぐには出穂期差が10日以上必要とされている。これらの知見をもとに出穂期、品種間距離を利用してどの程度、交雑を防げるか調査を行なった。その結果、粳品種の出穂期8月8日を基準に±4日でその交雑率は0.1%以上と高くなった。しかし+5日以上でも0.05%前後の交雑率になった。これは、本年の粳品種の開花期間が14日前後と長期に渡ったためと考えられる。また、粳花粉の飛散距離で見ると、最も花粉源に近い0.3m地点では0.35%になった糯株があるなど、5m地点までは依然高い交雑率となった。さらに、15m地点でも0.05%の交雑が起きていることから、風向・風速等の気象要因も考慮にいれると少なくとも15m以上の隔離距離が必要であると考える。以上より、出穂期差を利用する場合は14日以上の出穂期差を、さらに品種間距離を利用する場合は15m以上の距離をとることが望ましいと考える。今後は、糯品種の柱頭に付着した粳花粉数や、1日当りの糯と粳品種の開花頴花数の関係、開花部位、分げつ間等についての検討を加える。

ソバの培養系の確立に関する基礎的研究
上田 恵理子
 ソバは転作作物として利用され、最近では栄養面でも注目されている作物であるが、収量、収益性は高くなく、また主用作物でなかったため新品種の育成は積極的に行われていない。この研究ではこれらを見据え、安定したソバの組織培養条件の策定および葉肉細胞からのプロトプラスト単離における最適条件を策定し、培養系の確立を行うことを目的としている。組織培養においては普通ソバ2品種とダッタンソバ1品種を子葉、胚軸および根の3部位ごとに2,4-DとBAを様々な濃度で組み合わせた16種類の培地に供試し、カルス形成、不定根ならびに不定芽を測定・観察した。この結果として供試した3品種、3部位において植物ホルモンの添加により、カルス形成の向上がみられた。しかしながらソバ幼植物体由来のカルス形成には、培養に用いる個体の状態が大きく関与していることが示された。不定芽誘導については植物ホルモンを高濃度で添加した培地で誘導される傾向があった。一方、プロトプラスト単離においては塩化カルシウムの有無、最適浸透圧、最適酵素濃度、最適温度、材料調整の処理について最適条件の策定を行い、この結果塩化カルシウムは添加せず、浸透圧は0.6M、マセロザイムR-10は0.2%、セルラーゼオノズカR-10は2.0%、25℃条件下で、材料は表皮を剥いで調整するものが、最適な単離条件として有効であった。今後はより詳細な培養条件の策定を行うとともに、液体懸濁培養ならびにプロトプラスト培養を用いた培養条件について探求し、ソバ培養系の確立を目指す。

オオムギの深播耐性のメカニズムの解析
後藤 由美
 中国黄土高原のような半乾燥地域では、種子を通常よりも土壌深くに播くことで土中深くの水を利用し発芽させている。そのためこのような地域では、土壌深くに播種しても出芽できる深播耐性という特性が重要である。深播耐性のメカニズムの解析はこれまでも行われてきたが、まだ十分ではない。本研究は、深播耐性のメカニズムの解析を目的として行った。オオムギ274品種を供試し検定を行った。GA3を処理することによる幼芽の伸長には品種間変異が認められた。そしてGA3を処理した幼芽の伸長と深播耐性との間には関係がみられた。それら幼芽の伸長において第1節間の伸長が深播耐性を説明する上で重要であることが明らかとなった。第1節間の伸長は複数の主働遺伝子だけでは説明しきれず、より多くの遺伝子が関係する量的形質であることが示された。一方、第1節間の伸長ならびにそのGA3反応性には地理的変異がみられた。オオムギの小穂非脱落性を司る優性補足遺伝子の遺伝子型には、インド以東と以西で明らかな地理的分布がみられ、本研究における第1節間の伸長と密接な関係が認められたことから、オオムギの進化を研究するうえでも大変興味深い結果が得られた。さらに深播栽培における第1節間の伸長は暗条件によって伸長を促進させる遺伝子とは別にGA3反応性の遺伝子によってより伸長することが明らかとなった。

オオムギ5H染色体長腕末端部のゲノム解析
橋本 知栄
 オオムギ5H染色体長腕末端部には、休眠性やストレス耐性に関係する遺伝子やQTLが報告されている。本実験では、これまでに報告されている5H染色体長腕部のマーカー情報を収集し、PCR法で利用可能なマーカーへの開発を行った。さらに、オオムギ品種「Harrington」と「TR306」の交配による倍価半数体系統を用いて、新規に開発したマーカーのマッピングならびにQTLの再解析を行った。まず、STSマーカーのMWG851およびABG314、ならびにマイクロサテライトマーカーのHVM6のマッピングを試みた結果、前者が7H染色体短腕部、後2者が5H染色体長腕部に位置した。ABG314およびHVM6を既知のマップ情報に加えQTL解析を試みた結果、HVM6が最末端に位置したことで深播耐性のQTLの位置がこれまでの報告とは異なった。一方、5H染色体長腕末端部に座上したABG314マーカーを用いて、深播耐性が極強・極弱と評価されている計14品種の塩基配列を比較すると、12ヵ所に1塩基多型が検出され、供試品種の地域間に共通する塩基配列がいくつか認められた。以上をまとめると、オオムギ5H染色体長腕末端部のマーカーを開発することによりストレス耐性に関わるQTLの位置を明らかとし、さらにオオムギの系統進化を考察するうえで有用な情報を得た。

DNAマーカーによるオオムギの非背地性(lzd(t))遺伝子のマッピング
山下 晃弘
 1塩基多型(SNP)はDNA多型の最小単位で、重要な形質に影響する場合がありDNAマーカーとしても期待されている。イネ科植物には背地性を示さない突然変異が知られている。本実験ではオオムギ品種「Serpentina」が有する非背地性lzd(t)遺伝子のマッピングを目的にオオムギゲノムの全体をカバーするSNPマーカーの開発と非背地性(lzd(t))遺伝子のマッピングを行った。SNPマーカーの開発は交配親品種の「はるな二条」と「Serpentina」を用い、118プライマー対のSTSプライマーについて、PCRによるDNA増幅断片のSNPを確認し、そのSNPを検出する方法を開発した。計38プライマー対の多型が確認された。「はるな二条」と「Serpentina」の交配によるF2(93個体)でSNPマーカー(36個)とマイクロサテライトマーカー(12個)のマッピングを行い、全長が1203.6cMの遺伝子地図を作成した。F2集団において非背地性の評価を行い、lzd(t)遺伝子の染色体上での位置を明らかにした。lzd(t)遺伝子は他のイネ科植物において報告されている非背地性遺伝子との関係は認められなかったが、3H染色体短腕末端部に位置する単一劣性遺伝子であることが示された。これまで困難とされた近縁品種間における遺伝子地図の作成がSNPマーカーならびにマイクロサテライトマーカーを用いることで可能となった。

玄米の粒形に関与する遺伝子座の解析
川端 祐美子
 粒形は粒重を左右し、イネの収量に関わる重要な形質の1つである。玄米の粒形には様々な遺伝変異が知られており、粒形は粒長、粒幅、粒厚によって決定されると考えられている。そこで、本研究では玄米の粒形に関与する遺伝子座を明らかにすることを目的とし、倍加半数体系統群(DHLs)を用いて玄米形質の測定と解析を行った。粒長、粒幅、粒厚および粒重はDHLsにおいて連続的な変異を示したことから、これらの形質には複数の遺伝子が関与するものと推定された。各形質間の関係を解析した結果、粒重は粒長および粒厚と高い相関を示したのに対し、粒幅および粒厚と粒長との間には相関が認められなかった。そこで、重回帰分析により粒重を決定する要因の特定を試みたところ、粒重の変異に対する各形質の寄与率は、粒長(0.492)>粒厚(0.408)>粒幅(0.324)となり、これら3つの形質で粒重の95%が説明できることが明らかとなった。次に、これらの形質に関与する量的遺伝子座(QTL)を明らかにするため、遺伝子地図を用いてQTL解析を行った。その結果、粒長、粒幅、粒厚には、少なくとも2〜3の遺伝子座が関わっていること、粒重についてはこれら3つの形質のQTLと同じ領域にQTLが存在することが明らかとなった。各形質のQTLは異なる染色体領域に座乗することから、これらのQTLを合わせ持たせることが可能で、粒重の大きなイネを育成できるものと考えられた。

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