「薫風・満天フィールド交流塾」事業における
海外教育先進地(デンマーク)事例調査の視察概要
1.視察の目的
 「薫風・満天フィールド交流塾」事業(以下、「交流塾」事業)は、自然や農との交流(遊び)、人との交流および社会との交流を通じ、学生の人間力を向上させようとする学生支援プログラムである。
 視察先のデンマークは「教育先進国」の一つである。そして、「交流塾」が目指す「自然を教育者と見たてた教育」が盛んに行われている。また、正規の教育機関(小中学校、高校、大学)を補完・支援する教育機関(学童保育、青少年学校等)が設置されている。さらに、教育効果の評価方法は日本と異なり独特なものである。
 本先進地事例調査では、上記のような教育機関における取組みを視察し、「交流塾」事業の発展に資する。
2.視察メンバーと役割
 露崎 浩 生物資源科学部准教授
   薫風・満天フィールド交流塾塾長
  「交流塾」事業全般に関わる事項の情報収集、およびその「交流塾」事業への反映

 酒井 徹 生物資源科学部准教授
   薫風・満天フィールド交流塾副塾長
  「交流塾」事業全般、「交流塾」の活動メニュー・施設に関わる事項の情報収集、およびその「交流塾」事業への反映

 佐藤順子 教務・学生チーム 臨床心理士 シニアスタッフ
   薫風・満天フィールド交流塾推進員(人間力向上評価担当)
   「交流塾」の教育効果、特に人間力の評価方法に関わる事項の情報収集、およびその「交流塾」事業への反映
3.視察した教育機関等
 ・キレボー保育園(園長および保育士から聞き取り)
 ・森の保育園(管理責任者から聞き取り)
 ・プデイング小中学校・学童保育(教員および生徒から聞き取り)
 ・農業学校(教員および生徒から聞き取り)
 ・青少年学校(教員および生徒から聞き取り)
 ・成人教育センター(教員から聞き取り)
 ・コペンハーゲン大学の農学科農園他(教員および学生から聞き取り)
(教育機関の視察時期:2008年3月)
4.視察結果の概要
 複数の大学生に「大学生活は楽しいか?」と聞いたところ、彼らは共通して「楽しいのはあたりまえ。なぜなら、自分が学びたいと考えたことが学べ、自分の能力の向上を実感できるから。」と回答した。デンマークでは「18才で独り立ちすることが当然」とされている。大学生はすでに自立した年齢に達しているのである。
 大学教員に対し「日本の学生のなかには自主性や目的意識に欠ける学生が少なくない」と話すと、彼らは「デンマークでは考えにくい状況である。大学以前(小中学校、高校)の教育に問題があるのではないか。」と返答した。
 なぜ、デンマークと日本では、大学生(若者)にこのような違いがあるのだろうか。
 18才で独り立ちできるような教育制度とは、どのようなものであろうか。
 その答えを、今回の視察から考えたい。そして、「交流塾」事業への反映を試みる。

「大学生活?楽しいのにきまっているでしょう!」コペンハーゲン大学学生(左から二人目)
1)網目状の進路・フォローアップ体制の整備・ゆるやかな教育
 日本の教育制度において児童・生徒・学生が歩むを経路を小学校から大学までの「単線」と表現すると、デンマークのそれは「複線」どころか「網目状」と言える。
 すなわち、保育園に対しては「森の保育園」、小中学校に対しては「学童保育」という具合に、保育園や小中学校を補完・支援する教育機関が整っている。より年齢が高い人の教育を支援する教育機関には「青少年学校」や「成人教育センター」が整備されている。
 そして、児童らは、これらの諸教育機関を行き来する進路をとり、就職へと向かう。また、いったん就職した後も、これらの教育機関に戻り、異なる職につくことも珍しくない。


「18才から80才の人がここで教育を受けています。」    成人教育センター(Lyngby)
 「青少年学校」および「成人教育センター」は、小中学校および高校の教育からおちこぼれた生徒をフォローアップする役割も有している。「青少年学校」では、そのような若者たちが希望するメニューにあわせた科目が用意される。
 各教育機関の教育は私の目には、とてもゆるやかなものに映る。例えば、小中学校の入学時期は親や保育士などが相談して決める。小中学校は9年制であるが、本人などが希望すれば「10年生」として在籍できる。教育内容も教員の裁量に大きく委ねられている。大学では、転学科・転学部が自由にできる。入学した学科と同じ学科を卒業する学生の割合は7割程度(コペンハーゲン大学)とのことである。

「自分たちが希望して開講された科目(日本語)を学ぶ生徒たち。」彼らは2月に日本を訪れている。青少年学校(ウスターブロ)
2)幼児・児童期(1年生〜6年生)における自然・遊び教育
 「森の保育園」は市内113の保育園が出資して運営されている。それらの保育園の園児は自由に「森の保育園」を訪れ自然のなかで遊んでいる。「学童保育」の施設は小中学校に隣接して建てられ、まるで「もう一つの小中学校」のような充実した施設である。小中学校の授業終了後にほとんどの児童・生徒は「学童保育」で遊んで時間を過ごしてから帰宅する。
 「保育園」、「森の保育園」、「学童保育」は共通して、それらの教育に「自然との触れあい」、「多人数での遊び」および「遊び(スポーツ、木工、料理など)」を意識的に取り入れている。

「自然との触れ合い・たくさんの子どもで遊ぶことが大切と考えています。」森の保育園(バウスベア湖畔自然クラブ)
3)生徒期(7年生〜9年生、高校生)における自主性、実践性の涵養
 この時期には、自発的に学ぶ習慣、考える力、発表能力を磨く教育が行われている。例えば「課題研究」では、生徒の主体性を引き出すとともに、テーマの設定から発表にいたる一連の研究の流れを学ばせている。また、高校(農業学校)では1年半は学校で、1年半は農家で学ぶという実践的な教育制度をとっている。

「1年半学校・1年半農家という実践的な農業教育が行われている。」農業学校
4)デンマークと日本の若者に違いを生む理由
 先に述べたようにデンマークでは「18才で独り立ちすることが当然」としている。それを可能とする要因には、所得税(50%)の多くを教育に充てる政策、両親共働きが一般的で、加えて祖父母と同居しない家庭状況などを挙げることができよう。これらの要因に加え、上記の1)〜3)にみられる教育制度と内容も、「18才で独り立ち」を支える重要な役割を担っていると考えられる。すなわち、@「網目状」の進路選択の保証・フォローアップ体制の充実、A自然との触れあいと遊びを取り入れた教育、B自主性・実践性を涵養する教育、がデンマークの自立した若者を育てていると言えよう。
 5)「交流塾」事業への反映
 デンマークの学生(若者)の自主性を育てている要因に上記の@〜Bが挙げられるとするならば、それらを意識し学生支援に取り組んでいる「交流塾」の方向性は正しく、また、「交流塾」による学生の人間力向上も期待される。今回の視察で見聞した教職員等の取り組みの様子、教職員や生徒・学生からの聞き取り、および施設などはいずれも「交流塾」の運営に大いに役立つ。
 デンマークでは国全体として幼児期から体系づけて行う教育要素(@〜B)を、「交流塾」では18才になった学生に行うといえる。その違いを意識した「交流塾」ならではの教育支援内容とする必要がある。
 「交流塾」は学生の人間力(主体性、創造性、社会性など)の向上を目的としている。そのため、それらの能力を評価する必要がある。ポートフォーリオ(日記)やアンケートは有効な評価方法である。また、塾活動全体の状況(どのような活動が、どのような頻度で、何人の学生でどのように行われたか、目に見える成果物は何か)を評価することも、学生の人間力向上の評価であると考える。なぜなら、一人一人の学生(の人間力)が集まって塾活動がなされるからである。

(文責 露崎 浩)