律速段階

代謝経路のなかでもっとも遅い段階、ここで経路全体が調節される

どんな複雑な代謝経路であっても、その経路全体の反応速度を決定するのは、そのなかで最も遅い反応である。 これを律速段階という。極端なところ、律速段階さえ定量的に記述できれば、反応性生物の量を記述することができる。 ではそれはどんな性質を持っているのか? mRNAの量に影響する律速段階とは何か?

律速段階にはいくつかの傾向がある。以下にそれを列挙してみる。必要条件でも十分条件でもないかもしれないけれど。

1.反応の前後が平衡状態にない

酵素は触媒なので、平衡状態を変えることはない。ただ平衡状態に到達するまでの時間を短くするだけである。だから、ある酵素が細胞内に増減しても、その細胞のメタボロームにおける平衡状態は極端には変わらないはずだ。変わるのは、その酵素が平衡状態でない箇所を触媒する場合だ。平衡状態にないのはなぜか?それは、その酵素が遅いからだ。

2.何らかのエネルギーを要求する反応である

たとえばATPの加水分解を伴うような反応は、きびしいフィードバック阻害がかかっていて、反応速度が遅い。速やかな反応を許してしまうとATPとADP(やAMP)の間に平衡状態が生じてしまう。これは「細胞内のエネルギー通貨」であるところのATPが暴落するようなもので、ATPの加水分解は高エネルギーな反応ではなくなってしまい、たぶん細胞は死ぬ。

3.反応が著しく右に偏っている

これは前記1,2と関連するが、発エルゴン反応で、逆反応がほとんど起きない場合。基質が高い化学エネルギーを持っていて、反応が不可逆である。または、大きなエントロピーの増大が伴っていて、不可逆である。

4.基質が蓄積する・または、基質がありふれた物質である

律速で反応がストップすると、その基質が細胞内に(一時的にせよ)蓄積する。やがてそれは別経路で代謝されることもあるが、こうした物質の蓄積は確認されうる。あるいは、その物質は細胞内でありふれた存在であるか、いつも一定量が用意されている。

5.初発反応commited stepでもある

代謝経路として認識される、その一番最初の反応が律速であることが多い(ような気がする)。これは無駄にいろんなものを合成しないですむという意味において合目的である。(しかしながら、これは我々の認識の問題かもしれない;「初発」反応の前のごちゃごちゃした、生成物の用途が特定しにくいところを中間代謝として認識しているだけなのかもしれない。律速段階以降は、生成物の用途がある程度はっきりするので、特定の代謝経路として認識しやすい、というような事情があるのかもしれない。)

6.経路中、最も遅い反応である

もちろんこれが必要十分条件である。

脂肪酸合成の律速

アセチルCoAカルボキシラーゼが触媒する。この反応はATPを消費するため、反応はさまざまなフィードバックがかかり、遅い。基質はありふれた存在であり、高エネルギーで、レベルはおそらく保たれている。もちろん反応は右向きで、基本的に逆反応は起きない。生成物は脂肪酸合成にただちに利用される。comittted step である。

炭酸固定反応の(そしておそらく光合成全体の)律速

RuBisCOが触媒する。この反応も右向きで、逆反応が起きない。とても遅い酵素で、そのために多量に存在するが(もっとも多量に存在するタンパク質?)、どうやらまだ足りないらしい。
生成物はありふれた物質で、いろんな代謝系に登場するが、初発反応ではある(副経路にoxygenase活性があり、この酵素はいわば分岐点になっている)。基質はやや特殊で、合成にATPを必要とする。もしかすると、RuBisCOの性能さえ改善されれば、こちらの前段階が律速になるのかもしれない。しかしともかく現時点ではこれが律速である。

この二つは筆者が研究していた/使っていた酵素で、なんとなくまだ親和性が高いので例に挙げている。選択に格段の意味はない。

RNA合成の律速

おそらく初発反応であり、RNApolymerase kinaseが触媒する。プロモーターに(TBPに)結合したRNApolymeraseがリン酸化される反応がこの律速だ。基質はレベルが保たれている。いったん伸長反応が始まると逆反応はおきない。

RNA分解の律速

おそらく初発反応であり、触媒はない(と思われる)。RNA binding proteinがmRNAから自然に乖離する反応がこの律速だ。いったん分解反応が始まると(化学エネルギーとしてもエントロピーからも)不可逆である。