生物生産科学科オープンフォーラム

オープンフォーラムの主旨

生物生産科学科では,毎年,所属7講座の研究成果を紹介するフォーラムを企画しています.学生が将来所属するであろう講座の研究内容を事前に周知することが主たる目的ですが,広く外部にも公開しています.学生を対象としているため,高度な研究成果がかみ砕いて解説され,専門的な知識を持たない一般の方々にも判りやすい内容となっています.

第2回生物生産科学科オープンフォーラム開催報告

「人類の命を育む植物界の深奥に学ぼう」

日時 : 2000年7月8日(土) 13:00〜
場所 : 秋田県立大学生物資源科学部(秋田キャンパス) 共通施設棟3F 大講義室(A303)

フォーラム会場

第2回目の生物生産科学科オープンフォーラムが,去る7月8日(土)に開催されました.あいにくの天気のなか,内外より40名弱ほどの参加者がありました.

講演内容

「開会の辞」
生物生産科学科 学科長 茅野充男

我々のオープンセミナーとしては二回目になります.このオープンフォーラムは,学科の中でなにをやっているか,外部に公開することで緊張感をもった発表の場を持つ事が出来るだろうと言うことで,実施しております.私ども,生物生産科学科は,現在七つの講座があり,スタッフの陣容もそろってきています.非常勤の職員の方も含めるとかなりの人数になり,研究,教育に頑張っているところです.圃場もほぼ完成し,研究もいよいよも本格化してきます.そのような中で,本日セミナーを開くことができ,大変喜ばしく思っています.

「イネの生産向上をめざして:DNAマーカーの開発とQTL解析」
遺伝育種学講座 助教授 赤木宏守

将来の食糧生産を確保するためには,技術革新による飛躍的な生産性向上が欠かせない.私たちは,今後の食糧生産には作物の基本的な生産能力の向上が必要であると考えており,雑種強勢に着目して研究を行っている.

赤木 助教授イネは12対24本の染色体を持ち,雑種強勢に関与する遺伝子はこの12対の染色体上のどこかに存在している.ここで,QTL解析と呼ばれる方法で解析を行うと,雑種強勢に関与する染色体の領域を明らかにすることができる.QTL解析のためには交配する両親の染色体をDNAレベルで識別するためのDNAマーカーが必要となり,私たちはマイクロサテライトと呼ばれる配列に着目し,染色体を特定の部分で識別できるDNAマーカーを開発してきた.現在では,DNAマーカーによってイネの染色体のほぼ全体を解析することが可能となっている.

私たちはこれまで,強い雑種強勢を示すハイブリッドライスを用いて多様な構成の染色体を持つイネを育成し,その染色体構造を解析するためのDNAマーカーの開発を進めてきた.現在は染色体構成の解析と生産に関与するQTL解析を進めている.

「ジャポニカイネとインディカイネのアミロペクチン構造を区別している酵素遺伝子の決定」
植物生理・形態学講座 教授 中村保典 中村 教授

イネの栽培品種にはジャポニカとインディカと呼ばれる二つのグループがあり,両者のコメの品質やデンプンの物性には違いがあることが知られている.従来コメの品質に対するデンプンの影響はアミロース含有量で論じられてきたが,デンプンの70〜80%を占めるアミロペクチンの構造がイネデンプンの物性・品質に及ぼす影響については,十分に解析されていない.

私たちは,ジャポニカ品種のNipponbareとKinmaze,インディカ品種のKasalathとIR36のそれぞれのアミロペクチン構造の違いを比較し,ジャポニカ型アミロペクチンはインディカ型に比べ,分子を構成している短鎖の割合が多く,中間鎖の割合が低いことを見いだし,両者のデンプンの物性を区別している原因遺伝子がアミロペクチンの構造の違いを決めていることを明らかにした.

更に,ESTクローンの解析,マッピングにより,スターチシンターゼII型遺伝子が上記遺伝子と同一であることが判り,この酵素遺伝子の機能の違いがジャポニカ−インディカ間のアミロペクチンの分子構造の違いに影響することが示された.

「土壌の重金属汚染とファイトレメデーション」
植物栄養・肥料学講座 教授 茅野充男 茅野 教授

1980年半ば以降,生活レベルの向上に伴って,水域の富栄養化防止のための下水道整備が進み,その結果,下水道汚泥の排出が増大した.下水道汚泥には高濃度の重金属が含まれており,この汚泥を長期間農地に投与すると,土壌中の重金属が増大する.最近,貿易食品の基準等を決めるCODEX委員会で,我が国の基準を大きく下回る厳しいカドミウムの基準が提案されようとしており,重金属で汚染された土壌を復元する手法の開発が望まれている.

重金属汚染土壌から植物を用いて重金属を除去する方法はphytomediationと呼ばれており,成長速度が高く,かつ重金属を高濃度に集積する植物が必要であるが,重金属蓄積植物種の多くはバイオマス生産能が小さい.

著者らは,バイオマス生産能が高く,重金属蓄積能の高い植物を探索しており,オオムギの栽培種「鉱毒不知」,いくつかのアブラナ科植物が良好な植物種であることを発見した.さらに,重金属蓄積能に関する分子生物学的アプローチを試み,重金属蓄積能を持つ植物種がメタロチオネイン様タンパク質を合成している可能性を遺伝子の単離によって示した.この植物メタロチオネインは組織内において重金属と結合し,無毒化するタンパク質として期待される.

「生体反応を利用した有用物質の生産」
生物制御化学講座 助教授 田母神繁 田母神 助教授

生物は様々な化合物を合成しており,医薬・農薬として有用なものも少なくない.ジャスモン酸と呼ばれる植物ホルモンは,特定の生体反応産物の生産を高める特異な活性を持っている.ジャスモン酸を与えることにより,イネ葉にサクラネチンというフラボノイドを多量に作らせることができ,また,イチイカルスに含まれる抗癌剤のタキソール生産量を高めることなどが報告されている.これは,もともと生体内に存在する化合物を増産させるものであり,その生体に含まれない基質を作らせている訳ではない。この点は基質と生成物を自由に選べるフラスコ内での有機合成とは異なるが,有機合成によってフラボノイド骨格やタキサン骨格を一気に作るのは、さほど容易ではない.生体反応による有用物質の合成において,その物質の生産効率を制御したり、本来、その生物が合成していない化合物をも合成させることが期待される。

「Cypripedium属植物(ラン科)を始めとした地生ランの種子繁殖」
作物生態学講座 助教授 三吉一光 三吉 助教授

ラン科植物の種子は微細で胚乳を持たず,未分化の胚と一層の細胞層からなる種皮とで構成されている.自然界における発芽では,ラン菌と総称される菌の助けが必要である(共生発芽).一方,試験管内の無機物と糖を入れた培地上で,菌の助けを借りることなく発芽が可能であることが1922年に報告された(非共生発芽).しかし,園芸的に重要な地性ランは,完熟種子を播種してもほとんど発芽しなかったり,発芽しても再現性がないなど,園芸上重要な問題を抱えていた.

我が国においても,1970年代末頃より,園芸的な鑑賞価値が高い地性ランであるCalanthe(エビネ)属,Ponerorchis(ウチョウラン)属,Cymbidium(シュンラン)属,Cypripedium(アツモリソウ)属などの栽培が試みられてきたが,この4属の発芽は大変困難であった.研究の進展により,アツモリソウを除く3属では安定的な発芽が可能となったが,アツモリソウでは他の属で効果が認められた発芽促進処理では発芽させることが困難であり,世界的にもこの属の安定的な種苗の供給は遅れていた.

演者は,アツモリソウの完熟種子を用いて実験を行った結果,種子殺菌時の有効塩素濃度と殺菌時間が発芽に影響し,適切な処理により発芽が大きく改善されることを見いだした.また,培地へのサイトカイニン添加と播種後の低温処理は,いずれも若干の発芽促進効果を持つが,両者を組み合わせると発芽が著しく促進された.以上の条件を組み合わせることにより,大量のプロトコームの安定生産が可能となり,アツモリソウの生産,育種,保全に大きな進展がもたらされると期待される.

「土壌微生物相の制御:土壌伝染性植物病害の生物防除を中心として」
植物保護学講座 助教授 古屋廣光 古屋 助教授

植物の根は微生物の活動が活発な土壌中で生育するため、常に微生物の攻撃にさらされている。病原体が植物の地下部から侵入して発病する病気を土壌伝染性病害と呼ぶ。効果的な農薬が少ないことなどから土壌病害には防除が難しいものが多い。植物の白くて細い根は養水分を吸収するのに適しているが、微生物に対する攻撃には弱い。植物の根は、微生物による攻撃が強い場所で充分な備えのないまま働くことを強いられている器官といえる。

菌類は共生菌、寄生菌および腐生菌に分けることができる。一般に共生菌と腐生菌は植物の生育を促し、寄生菌は阻害する。寄生菌の一部は、生きた植物に先駆的に侵入してこれを分解するという生態的地位を占めており、あらゆる土壌にその仲間が存在する。またどこにでもいる腐生菌のなかにも根を犯す力を持ったものが見つかっている。このように、多数の有害な菌類による被害を軽減するには、土壌や根系に棲息する糸状菌相全体を制御する必要がある。このような考え方のもと、我々は土壌糸状菌の有用性と有害性を調査してリストを作成し、好ましい糸状菌相を模索しているほか、病気の発生が少ない土壌(発病抑止土壌)の研究を通して土壌の粘土鉱物と土壌病の関係を見いだし、これを利用した微生物相制御の可能性を追求している。

「地衣類の培養方法と形態形成」
次世代生物生産システム学講座 教授 山本好和

地衣類は,「かび」や「きのこ」と同じ菌類と「クロレラ」と同じ単細胞藻類とが共生した複合生物であり,世界で約2万種,日本では約2千種が生息している.地衣類は古くから薬,染料,香料として利用されており,また,砂漠や高山,海岸などの極限環境でも生息できる種類もあり,有用な遺伝子資源としての可能性も高い.しかし,地衣類の増殖は極めて遅く,近年の大気汚染により多くの種が絶滅の危機にさらされているため,天然採取を基本とした工業利用は不可能であった.

山本 教授

演者らは地衣類の工業的利用を可能にすべく,培養法の研究を行い,その確立に成功して,地衣類を生物活性物質の探索源や有用遺伝子源として活用できるようになった.得られた組織培養物は未分化状態であるが,貧栄養条件におくと地衣体形成がおこることが明らかとなっている.しかし,その種類はまだ限られている.また,分離して個々に培養した菌と藻を混合し,地衣体を再合成することもできる.本来の組み合わせとは異なる種類の組み合わせでは,正常な地衣体形成が起きないか,全く形成されないことが知られている.

地衣類の菌類と藻類が自然界でどのように邂逅し,共生するか,特異な地衣成分の生合成機構などについては,まだ明らかにされていない.今後,実験室でのライフサイクルが確立されれば遺伝子レベルでの解明が進むものと思われる.

「閉会」

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